日本産業教育学会の創立の趣旨

 教育も教育学も新しい展開をしなければならない時がきました。今世界的な規模で急速に進みつつある技術革新によって、生産のみでなく国民生活全体が変革しつつあります。それはかっての産業革命に比肩するといわれますが、それ以上であるかも知れません。他面、自然科学と物を取扱う技術の暴走に対して、精神の科学や技術の甚しいおくれが、社会の病因であるとして憂えられるに至りました。教育において学校内での学習のことを論じあっている間に、社会は疾くに進んで新しい学習の問題が次々に出ております。そうしてそれらを解決すべき手だてが不明のままに、そこで旧来の学校教育を頼りに暗中模索している現状です。
 教育を学校から社会へ出す研究や運動はすでに先覚者の手によって試みられたのですが、現時点的な意味ではそれはまた必らずしも一般化するに充分でないようです。それにもかかわらず、工場や農場の生産現場においては、生活上技術上の必要に迫られて、種々の教育活動が進められております。経営と労働の各方面は、旧来の知識と倫理とではやって行けなくなって、新しい能力と倫理とが求められているからです。
 産業界では、大小の経営内にもまた労働組合にも組織的な教育活動が熱心に進められて、そこに教育の専門家も進出して研究と実践とに苦心している人々が多くなったのですが、それらの人々は旧来の講壇教育学や評論教育学に失望してその指導を求めないか、あるいは旧来の学校教育をそのまま模して、現状の生活に即さない学院流の教育をして徒労におわっているのか、いずれかです。またいわゆる産学協同の実行もようやく諸方面ではじめられて来ましたが、その実体はまた機械的な接合か形式的な共同か、もしくは便宜的な連携にすぎず真正な意味の実質的協同教育は未だしという現状です。
 そこでここに研究室の教育学徒と生産現場の教育担当者と共に、近代産業化した社会における生産活動と消費生活のためのあらゆる教育問題について研究討議する場を設けて、これが解決とその教育の推進とに寄与したいと思います。
 教育を学院から外の社会に出して、これを働く民衆のものとすることは、今日の教育と教育学との歴史的な任務であってこれを外にしてはわが国の教育の前進はあり得ない、とわれわれは信ずるものであります。
 なお、既存の学会において、学界と産業界との共同の場を持てば足りるとも思われるのですが、いろいろの事情を考慮して、ここに新にこの学会を創立することが有効適切であると判断して、これを発足したわけです。将来既存の学会とも合流もしくは合同して研究会を持つことを考えております。
 以上の趣旨に御賛同の上、学界産業界の各方面からの御参加を望んでやみません。

1960年10月
日本産業教育学会